著名登山家ニルマル・プルジャさん、遺体が見つかる パキスタン高峰で雪崩

口ひげとあごひげをはやしたプルジャさんが防寒着を着て帽子をかぶり山頂に立っている

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画像説明, ニルマル・プルジャさんは、2021年のネットフリックスのドキュメンタリーをきっかけに多くの国で知られるようになった
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ネパールの著名登山家でイギリスで暮らしていたニルマル・プルジャさん(43)の遺体が、パキスタンの高峰ブロードピークで、雪崩の後に発見された。救助隊が2日、発表した。

カラコルム山脈にある標高8047メートルのブロードピークでは、7月30日に雪崩が発生。パキスタンの捜索隊が、行方不明となった登山者らの捜索を続けている。

プルジャさんの会社エリート・エクスペディションズは1日、プルジャさんが死亡したと発表。雪崩でプルジャさんを含む10人が亡くなったという。

2日になり、救助活動に関わっているパキスタン・アルペンクラブが、標高約5700メートル付近でプルジャさんを発見したと説明した。遺体を収容し、地上部隊が日本人のキャンプに搬送するという。同じ場所では他に3人の遺体も発見されたが、身元は確認されていないという。

同クラブの広報担当ナイラ・キアニさんは1日のBBCの番組「ニュースアワー」で、登山グループの全員が死亡した恐れがあると述べていた。

また、プルジャさんについて、多くの遠征隊を率いてきたとし、リーダーシップ能力を称賛。「非常に経験豊富な登山家で、恐れを知らない」と話していた。

雪崩に遭った今回の多国籍登山グループも、プルジャさんが率いていた。パキスタン当局は、プルジャさんの死亡が発表されるより前、彼の遠征隊に参加していた登山家3人(アメリカ人のマロリー・ガイスさん、オマーン人のナディラ・アハメド・アブドラ・アル・ハルティさん、ネパール人のプル・バハドゥル・グルンさん)の遺体が収容されたと発表していた。

プルジャさんはネパール生まれ。英陸軍に16年間従軍し、うち10年間は特殊部隊に所属した。2018年に、極めて高い高度での登山の功績により、故エリザベス英女王から名誉大英勲章(MBE)を受けた。

2019年には、世界最高峰14座すべてを189日間で登頂。それまでの記録を7年以上縮め、一躍有名になった。

「ニムス」の呼び名でも知られるプルジャさんが広く知られるようになったのは、その2年後に公開されたネットフリックスのドキュメンタリー「14ピークス:ナッシング・イズ・インポッシブル」がきっかけだった。彼は当時、「この6カ月間は過酷だったが、謙虚な気持ちになった。いくらかの意志と自信、前向きな姿勢があれば、どんなことでも可能だと証明できたと願っている」と話していた。

プルジャさんは、イングランド南部ハンプシャーで、妻と3歳の娘と暮らしていた。自分は、イギリス軍に所属しながらエヴェレストに登った最初のグルカ兵だと話していた。

ネパール首相ら多くの人が悼む

プルジャさん死亡の発表を受けて、多くの人が追悼の意を表した。

ネパールのバレンドラ・シャハ首相は1日、「パキスタンのカラコルム山脈で、世界記録保持者のニルマル・プルジャを含むネパール人登山家6人と外国人登山家4人が悲劇的に死亡したことは、私たちに衝撃を与えた」と述べた。

そして、「それらの人たちの勇気、献身、貢献の歴史は、ずっとインスピレーションを与え続けるだろう」と付け加えた。

プルジャさんの兄カマルさんは声明で、「最愛の弟ニルマル・『ニムスダイ』・プルジャと他の登山家らが亡くなったという悲痛な知らせを伝えるのは、大変つらいことだ」とした。

そのうえで、「私たちは深い悲しみに暮れていますが、あなたを心から誇りに思っている。あなたの功績は永遠に語り継がれる」とした。

イギリスのウィリアム皇太子は、プルジャさんの「悲劇的な死を知り、本当に悲しんでいる」とコメント。また、プルジャさんについて、兵士として「輝かしい功績を残した」後に「偉大な登山家の1人になった」とした。

ウェス・ストリーティング英国防相は、「ニルマル・(ニムス)・プルジャと、彼と一緒に登山中だった人々の訃報に触れ、大変悲しい」とソーシャルメディア「X」に投稿。「彼は長年にわたり私たちの軍隊で奉仕し、人々を鼓舞した。彼の驚異的な登山の冒険は世界中で知られている」とした。

当初計画にはなかった

プルジャさんは7月27日のXへの最後の投稿で、ブロードピークに登るつもりはなかったとし、「当初はG2だけ登る計画だった」としていた。G2とは、カラコルム山脈のガッシャーブルムII峰を指す。

しかし、パキスタンへ出発する直前に、もし今回ブロードピークにも登頂すれば、「酸素ボンベを使わずに8000メートル(を超える)峰14座すべてを2回登頂した史上初の人物」になるまで、あと1座の登頂を残すだけになると気づいたと、同じ投稿で説明。

「これは計画していたわけではなかった」、「だが、チャンスは大きな声を上げない。すでに静かに努力している人にそっとささやくのだ」と書いた。

そして、「ブロードピークよ、安全に登り下りだけさせてほしい。私はどんな山も、登れて当然だとは思っていない」とした。

ブロードピークは、登山家にとって最も難易度の高い山の一つとされる。初登頂は1957年、オーストリアの遠征隊が成し遂げた。

以来、多くの人が登っているが、死者も数十人に上る。最も多くの死者が出た年の一つが2013年で、少なくとも6人の死亡が記録された。