英歌手シーランさんのツアーからアーティストが相次ぎ離脱、パレスチナ連帯示したラッパーが降板させられ

白い長そでTシャツを着た男性が、アコースティックギターを持ってマイクに向かって歌っている

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画像説明, エド・シーランさんは15日の声明で、マックルモアさんを今後の全米ツアーの日程から外したのはプロモーターの決定だったと述べた
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マーク・サヴェッジ音楽担当編集委員

英歌手エド・シーランさんのアメリカでのコンサートツアーから、サポートアクト(前座)として出演していたアーティスト全員が離脱した。同ツアーをめぐっては、サポートアクトの一人だった米ラッパーのマックルモアさんが、ステージ上で親パレスチナ的な発言をしたとして途中で降板させられ、議論を呼んでいた。

15日に離脱を発表した一人、フィニアスさんは声明で、「抑圧された人々のために声を上げるアーティストが沈黙させられてはならない」と述べた。フィニアスさんは、米ポップスターのビリー・アイリッシュさんの兄。

アイルランドのシンガーソングライター、アーロン・ロウさんと、デンマークのバンド「ルーカス・グラハム」も降板を発表した。さらに、シーランさんのバックバンドとしてツアーに参加しているアイルランドのフォークバンド「ビオガ」も離脱した。

これらの発表の数時間前、シーランさんは声明で、パレスチナ・ガザをめぐる公の議論には巻き込まれたくないと発言。マックルモアさんがツアーから外されたのは自分の責任ではないと強調していた。

シーランさんはインスタグラムへの投稿で、「マックルモアのツアー降板はプロモーターの決定であり、私の決定ではない」と述べた。

「私は予定を立ててくれたファンを絶対に失望させないし、私に仕事や生活を頼っているツアーのスタッフや他のサポートアクト、ミュージシャンたちを見捨てない」

マックルモア(本名ベンジャミン・ハガティ)さんは今月初め、米ニュージャージー州で行われた2回のコンサートで「パレスチナを解放せよ」とスローガンを唱え、荒廃したガザ地区の映像を流した。

この発言はユダヤ系団体から批判を浴びた。その後、一部の会場はツアー主催者に対し、マックルモアさんをシーランさんのツアーから外すよう圧力をかけた。

シーランさんは声明の中で、会場側と「橋渡しをしようと、この1週間ずっと長時間話し合ってきた」が、最終的にプロモーターであるメッシーナ・ツーリング・グループが判断を下したと説明した。

チェック柄のシャツを着てギターを抱えているシーランさんと、黒いジャケットを着たマックルモアさんが、ステージ上で笑顔で演奏している

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画像説明, マックルモアさん(右)は、シーランさんとは13年来の友人だと述べた。写真は2014年、米ラスヴェガスでの共演

シーランさんはまた、「イスラエルとパレスチナの紛争に愕然(がくぜん)とした」とし、「双方に生じた苦しみと痛みは人類の悲劇だ」とした。そして、政治的な問題から距離を置くという自身の決断について説明しようと試みた。

「私は加担してはいない」とシーランさんは声明で述べ、「この壊滅的な紛争について、私には個人的な見解がある。公に発言しないことを選択したからといって、見解がないという意味ではないし、関心がないという意味でもない」 とした。

「私が個人的なやり方でさまざまな活動を支援していないという意味でもない」

「私が自分の職業上の立場を政治に利用しないのには理由がある。私のオーディエンスには、あらゆる背景を持つ若者、多くの場合子供たちが含まれている」

「私のショーに来る人たちは、政治的なプラットフォームを期待しているわけではない。マックルモアが自分の信じることを声高に主張する強い意志には敬意を表する」

「しかし、平和という同じ目的を達成するために、複数のアプローチが存在する余地はある」

「私は自分の名声とプラットフォームを安全で安心できる場所にするとともに、外交を維持し、対話を閉ざすのではなく開かれた状態に保つために活用することを選ぶ。私たちが声を荒げることだけに集中していては何も変わらない。変化を促すには、さまざまなアプローチがある」

シーランさんは、「これまでの自分のサポートアクトと同様」、マックルモアさんにも自分自身で曲目を選ぶことを許可したと付け加えた。

しかし、この声明がファンや出演予定の他のアーティストをなだめるためのものだったとしたら、どうやら逆効果だったようだ。

ルーカス・グラハムはインスタグラムの公式アカウントに、「私たちは戦争について、民間人が殺されることについて、そして成長する権利を持つ子供たちについて、語ることができるべきだ。その人たちがどこに住んでいようと、その頭上にどんな旗がはためいていようと関係ない」と投稿した。

ロウさんは、「(離脱の)決断は軽々しく下したものではない」、「エドは私の友人であり、私の人生を変えてくれた。彼にはどれだけ感謝しても足りない」と述べた。ロウさんは、今年初めに行われたシーランさんのオーストラリア・ツアーでオープニングアクトを務めた後、6月からアメリカ公演のサポートアクトとして復帰したばかりだった。

ビオガも声明で、「ミュージシャンとして、毎晩あのような大観衆の前で演奏するのは夢のようなことだが、パレスチナ解放を訴える人々の声を封じ込めるような会場で演奏することは、私たちの選択肢にはなり得ない」と述べた。

「ヒンズ・ホール」を披露

この騒動は今月4日、ニュージャージー州のメットライフ・スタジアムで行われたシーランさんのコンサートでの、マックルモアさんのパフォーマンスから始まった。

マックルモアさんは観客に向かって、「私がそもそもこのツアーをやりたいと思った大きな理由の一つは、このようなスタジアムに立って、私の心に深く刻まれた二つの言葉、『パレスチナを解放せよ』を言うためだった」と語りかけた。

マックルモアさんはその後、ガザでのイスラエルの軍事行動を非難した楽曲「ヒンズ・ホール」を披露。演奏の間には、ガザの惨状の映像が流された。

この曲は2024年、米コロンビア大学で行われた親パレスチナのデモ参加者にささげるとして、マックルモアさんが発表したもの。デモに参加した学生らは当時、同大学のハミルトン・ホールを、イスラエル軍に殺害された当時5歳のパレスチナ人少女ヒンド・ラジャブさんにちなんで「ヒンズ・ホール(Hind's Hall)」と呼んだ。

観客の中には歓声を上げる者もいたが、インターネット上ではほぼ即座に批判の声が上がった。

イスラエルアメリカ人評議会(IAC)は、マックルモアさんをツアーから外すよう求める請願書を提出した。反ユダヤ主義に反対する「ストップアンティセミティズム」は、マックルモアさんがプロパガンダでファンを襲撃したと主張。米歌手ピンクさんがこの声明をインスタグラムに再投稿したことで、さらに拡散された。

翌5日、マックルモアさんは同じステージに戻り、観客席にいる「ユダヤ人の兄弟姉妹」に直接語りかけた。

「イスラエルへの批判、アパルトヘイト(人種隔離政策)への批判、ジェノサイド(集団殺害)への反対は、決してあなた方への批判ではない」とマックルモアさんは述べた。また、ガザ地区とヨルダン川西岸地区の人々には、忘れられていないことを知ってほしいとの思いを述べた。

イスラエルはジェノサイドの疑惑を否定している。同国軍はガザ地区と占領下のヨルダン川西岸地区で、国際法に従って自衛作戦を実施していると主張している。

ガザでの戦争は、2023年10月7日にパレスチナの武装組織ハマスがイスラエル南部を奇襲したことで始まった。この攻撃では民間人を中心に約1200人が殺害され、251人が人質に取られた。

イスラエルは報復として、ガザでの軍事作戦を開始した。国連が信頼できる情報源とみなすハマス運営のガザ保健省の統計によると、イスラエルの作戦でガザではこれまでに7万3780人以上が殺害されている。

「最も成功したツアー」

この件で数日間にわたって報道が続いた後の14日、マックルモアさんは、シーランさんのツアーの出演者から外されたと発表した。

マックルモアさんはインスタグラムへの投稿で、自分に対するボイコットは、マサチューセッツ州にあるジレット・スタジアムのオーナーである億万長者のロバート・クラフトさんが主導したものだと説明した。

シーランさんを自身の結婚式で演奏させたこともあるクラフトさんは、マックルモアさんの出演を拒否したことを認め、「ヘイト(憎悪)スピーチの場を提供するつもりはない」と述べた。また、マックルモアさんには「反ユダヤ主義的な発言を繰り返してきた長い歴史がある」と非難した。

「マックルモアの言う通り、多くの命が失われ、多くの苦しみがあった。しかし、都合の良い情報だけを共有し、ハマスの行動を無視するのは誠実とは言えず、分断と憎悪を助長するだけだ」

クラフトさんは一方、他の会場にもツアーに圧力をかけるよう依頼したという主張については言及しなかった。

ツアープロモーターのメッシーナ・ツーリング・グループは、音楽誌ローリングストーンに対し、会場側からマックルモアさんの公演を許可しないと伝えられたと語った。「そうなればツアーは中止となり、数十万人のファンに影響が出るだろう」とも、同社は述べた。

15日夜に離脱を発表したアーティストの多くは、クラフトさんの関与が自分たちの決断に影響を与えたと述べた。

「お金を持っているからといって、会話を支配する権利があるわけではない」とルーカス・グラハムは声明で述べた。

「誰が発言権を持つか、あるいはどのような苦しみを認めることが許されるかが、誰かの銀行口座の残高によって決められるべきではない」

マックルモアさんは声明の中で、シーランさんが置かれた困難な状況に同情すると述べたものの、シーランさんが立場を表明してこなかったことを批判した。

「どちらかの側に立つことは犠牲を伴う。お金、ブランドとの契約、スポンサー契約、フェスティバルへの出演、プライベートな出演依頼、人脈、特別なアクセスなどだ。私はこういうものをすべて失った。でも、抑圧する側と抑圧される側の間に、中立の立場など存在しない」

マックルモアさんはまた、このツアーには2公演しか出演できなかったものの、もし自分の言葉が「パレスチナに人々の関心と会話を戻すことに成功したなら、これは私がこれまで行った中で最も成功したツアーだった」と強調した。